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日本人ドライバーガイドのブログ

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アウシュヴィッツ強制収容所 1

アウシュヴィッツ強制収容所 1

2016年06月07日

ユーデンランペ(ユダヤ人の降車場)と呼ばれた場所。
強制輸送された人たちはここで降ろされ、「労働か死か」の選別を受けました。


 

降車場の建物


 

貨車で到着した人々の様子


 

引き離される人々


 

数百メートル先に見える収容所バラック


 

ヒトラーとユダヤ人に対するホロコーストに関しては、ドイツの大きなマイナス点であることに異を唱える人はいないでしょうし、この件に関する質問がお客様から出た場合、ドイツ在住の観光ガイドを生業としている身としては、ある程度納得いただける説明をするのは、ガイドとしての義務でもあります。

すでにこの地を2回訪れていたのですが、原書房から出版された、「チェロを弾く少女アニタ」と、「ホロコースト全証言」という書籍の翻訳に関わった身としては、もう一度この地を訪れ、されに詳しく現場検証なことをするつもりで訪れました。

ポーランド語で「オスヴェンチム」というこの町のポーランド軍の駐屯地後に1940年5月に第一収容所の基幹収容所(シュタムラーガー)、41年10月にはビルケナウ収容所、42年からは工場地帯のモノヴィッツ収容所、さらに周辺の炭鉱など約45ヶ所の外郭収容所が置かれました。

最初はポーランドの政治犯が収容されたのですが、41年6月にソ連侵攻以来、ソ連軍捕虜、そして戦争の激化とともにドイツに侵略された国々のユダヤ人が強制輸送されてきました。

特に有名なのはアウシュヴィッツ-ビルケナウ収容所ですが、ユダヤ人をはじめ、ポーランド人、ソ連軍捕虜、シンティ・ロマ、同性愛者、エホヴァの証人、聖職者など、合計約110万人が犠牲になったと言われています。




 

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